January 09, 2010

世界のハンドボールを探し求めて2009〜プロローグ〜

 遅ればせながら、明けましておめでとうございます。今年もハンドボールのことで自己満足なネタを書いていこうと思いますのでよろしくお願いします。

 
 12月の女子世界選手権を十分に楽しむ余裕もなく、あっという間に年の暮れになり新年を迎えた訳だけど、この数週間の起こった、「忘れられない出来事」を、振り返りながら、このブログに残していこうと思う。

 2009年というこの1年は、自分が何歳まで生きてるかは分からないけれど、間違いなく「絶対に」忘れられない1年になるはずだ。良いことも悪いことも全てが記憶に刻まれていくんだろう・・・

 6月にハンドボールクラブをスタートさせたことは、きっと自分にとっても、そしてクラブに入ってくれた子どもたちにとっても人生の中の大きな出来事になるであろう。8月末には「生と死」について考えなければならなかったり、「人生観」を見つめ直さなければならない、とても苦しい時期もあった。

 そして、そんな年の暮れに、3年ぶりに「世界のハンドボールを探し求める」ことにした。一旦は、断念しかけたけれど、久しぶりに「本物」を見に行きたい思いがとても強くなった。ドイツに向けて出発することにした。


 出発する日は12月23日(祝)。釧路を出発して宿泊地を成田→フランクフルト→ライプチヒ→ベルリン→フランクフルト→シュツットガルト→ハンブルグ、そしてフランクフルト空港出発っていう、普通じゃありえない縦横無尽なルートで、ハンドボールを追い求める計画。観戦する試合は4試合。

 計画実行に向けて、遅々として準備が進まないままの12月初め。あるビッグな情報が飛び込んできた。「宮崎大輔選手が釧路に来る」という話だ。本決まりになったのは、12月中旬。そしてその日は、何と何と出発日の23日(祝)

 というわけで、今回の「世界のハンドボールを探し求めて2009」は、スペインリーグで現在活躍している宮崎大輔選手が、釧路にやってきたところから始めようと思う。

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 「えっ〜?本当ですか?」。

 正直、その話を聞いたとき信じられなかった。まさか、スペインから釧路にやってくるなんて・・・・日本に帰ってきたって、かなり忙しいはずだし・・・・

 12月の初旬には、「来るかもしれない。」って話だったが、それが「来る」と確定したのは、23日(祝)の10日ほど前だった。

 釧路市内のスポーツショップが、宮崎選手の履いているメーカーの直営店で、そのメーカーと宮崎選手との契約の中に、1年に数回、メーカーのイベントを行う項目が入っているそうだ。

 スペインリーグ(ASOBAL)で活躍中の宮崎選手が釧路にやってくることになった。

 クラブの子どもたちのほとんどが、そのイベントに参加することになり、子どもたちだけでなく保護者の方たちもワクワク。2時から始まるイベントに、1時15分に会場に到着。体育館の玄関口に集合していたところ、タクシーに乗った宮崎選手が現れる。子どもたちも保護者の人たちも、テレビやビデオで見る「宮崎大輔」を初めて目の前で見る、その表情がとても明るい。今回は、うちのクラブと3つの高校のハンドボール部が参加。釧路の子どもたちにはまたとない機会だから、ハンドボールをやっている釧路の高校生たち全員に、宮崎選手を目の前で見て欲しいなあ〜もったいないあな〜とも思った。

 
 子どもたちも少しの緊張と笑顔が交錯しながら、宮崎選手を取り囲む。控え室に消えていった宮崎選手を眺めている、子どもたちのワクワク感が伝わってくる。


 今回のイベントは、前半がトークショー、後半がハンドボールクリニックという構成。残念ながら急遽決まったイベントのため、体育館のメインアリーナやサブアリーナが使用できず、多目的室にハンドボールゴールを持ち込んで行われた。
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 その会場に移動し、ワクワク感が高まる子どもたち↓
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 地元FM局の司会の進行で、スタート。宮崎選手が登場し、歓声が上がる。そこから1時間のトークショー。
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とてもリラックスして、ハンドボール以外のことも話していましたね。トークショー後半は質問タイム。うちのクラブの1年生の男の子が、「どうやったら高くジャンプできるんですか?」という100点満点な質問
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前に呼び出されて、直立不動の彼にジャンプについて話してくれました。最後には、ハグしてもらって、緊張のあまり完全にフリーズしてました。


そしてイベントの後半は、休憩後に着替えた宮崎選手が登場。「宮崎コーチ」のクリニックがスタート。
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「集合して〜。」と声をかけられると、いつもとは明らかに違う、未だかつて見たことないほど素早いダッシュ&集合。普段の練習も、それくらい速く集合できるってことだな!君たち!!
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フットワークの練習。素晴らしい集中力じゃないか!いつもそれくらいでやってくれ。


宮崎選手が行うクリニックの時間が刻々と過ぎて行き、2時からスタートしたこのイベントも1時間半が過ぎた頃、ワタクシは飛行機の時間が迫ってきており、残念ながら最後まで見届けられず。子どもたちを他のスタッフにお願いして、会場を出る。


 車の中で着替えて空港へ。

 
 その後、じゃんけんゲームをやったり、最後にはシュートも見せてくれたとか・・・。ちょうど、スペインリーグの最終戦で再びふくらはぎを痛めたとのことで、イベントが始まる前には、シュートは見られないと連絡を受けていただけに、100%ではないにしろ、子どもたちがナマでシュートを見られたのはよかった。


 クラブがスタートしたこの2009年のうちに、まさか釧路に宮崎選手が来るなんて・・・イベントが釧路で開催されたのは、うちのクラブができたことが全くの無関係ではないだろうし、子どもたちにとっては、これ以上ないハンドボールのスターだ。目の前で見れたこと、声をかけてもらったことなど、その1つ1つは直接上手くなる特効薬ではないけれど、これから子どもたちがハンドボールを続けていくためのとても大きなモチベーションになるはずだ。

 何より子どもたちの表情が良かったし、ハンドボールをやって良かったと思ってもらえる貴重な機会だ。

 これからは、さらにこっちが様々な機会を子どもたちに与えてあげられるように頑張らなきゃならない。子どもたちにとって、いきなりナマ宮崎選手は、もうこれ以上ないってほどの刺激だから、このあとが正直つらいけど(笑)。

 
 「高品質の肥料」かもしれない。今すぐには効果や成長を見ることができなくても、ハンドボールを続けていくこと、夢中になって練習すること、ハンドボールを楽しむことなど様々なことに大きな影響を与えてくれると思う。加えてハンドボールをする子どもたちが多くなれば、そこに携わる保護者のハンドボールへの関心も高まるだろうし、ハンドボールに興味を持ってくれる人が増えるのは間違いない。

 ちょっと大げさかもしれないけれど、もしかしたら、今回のこのイベントで人生が変わってしまった子がいるかもしれない・・・
 

 
 できれば、宮崎選手がゲームをしているところをナマで見せてあげたいなあ〜。やはり、あのジャンプの本当の威力は、真剣勝負のゲームの中でこそ、だ。


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 16時55分、飛行機に乗り込み、羽田空港へ。


 旅行の準備が全くと言っていいほどできなかった今回は、出発の日の午前中に、カバンに荷物を詰め、その後体育館へ。そしてすぐ飛行機に乗ったから、朝から何も食べずにいた。あまりにもお腹がすいたので、羽田空港に到着して、ラーメンを食べた。高い割にはイマイチだったな。

 リムジンバスで成田へ。そして成田で宿泊。インターナショナルガーデンホテル成田は、3年目に続いて2度目の宿泊。成田に宿泊すると、いろいろな国の航空会社のクルーたちが宿泊していて、田舎者のワタクシにとっては、何かそれがワクワクだ。

 明日のホテルから成田空港へ出発するバス時間を確認してベッドに横になる。

 「いや〜今年1年、いろいろあったなあ〜。」と思いながらテレビを付けると、ホラー映画のエクソシスト。嫌いじゃないし、むしろ好きだから途中まで見てたんだけど、もしかしたらそれが「天国と地獄」の始まり、そしてその「地獄」を暗示してたのかも・・・な〜んて、こじつけてみたりするけど・・・


 「天国」は先に教えちゃおうか・・・こちら(1月8日付けの記事「Japan」の記事です。ドイツ語です。)
 

wunderbar_handball at 23:57│Comments(0)TrackBack(0)世界のハンドボールを探し求めて | その他

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